佐賀新聞紙面特集

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第115回 シチメンソウを育てる会(2015年11月28日掲載)

●●広がる わたしたちのエコ活動●● vol.7

 地球温暖化や生態系の保護、ゴミの排出削減など、環境問題を解決するためには、継続した取り組みが必要です。環境保全活動の事例を通年でお伝えしてきた「エコライフ・エコライブさが」は、10年目を迎えました。節目となる今回のシリーズでは、これまで本企画で取り上げてきた身近なエコ活動、行政や企業の動きを中心に再びスポットをあて、地道な活動の広がりや周囲の人たちの意識の高まりを紹介します。

●●●「次代へ」関心広がる●●●/●●●「わが子のように育てる」●●●

 

 「シチメンソウは、わが子のように思って育ててきました」。

 

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赤く色づいたシチメンソウ。第22回シチメンソウまつりでは、観光客2万人が海の“紅葉”を楽しんだ=10月31日、佐賀市東与賀町の東与賀海岸

11月上旬、佐賀市東与賀町の東与賀海岸で、紅紫色に色づいた群生地を前に飯田涼香さん(82)=同町=はほほえんだ。シチメンソウの保全活動を続ける「シチメンソウを育てる会」の副会長で、会創設時からのメンバーの一人だ。

 シチメンソウはアカザ科の一年草で、九州の代表的な塩生植物。茎は高さ20~40センチで、葉はこん棒状。発芽後(1月)は淡緑色の葉をつけるが、成長過程で淡紅色(3月)、黄緑色(7月)など七面鳥のように色変わりすることからその名が付いている。環境省のレッドデータブックでは、絶滅危惧種に指定されている。

 

 

 

 

 

 

●●昭和天皇行幸を機に●●

 地元住民でも「シチメンソウの『シ』の字も知らなかった」(飯田さん)という東与賀干潟の無名の草が一躍脚光を浴びたのは、1987年5月。植物に造詣の深かった昭和天皇が全国植樹祭で来佐した際、シチメンソウを見ようと干潟を

 

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「シチメンソウを育てる会」副会長の飯田さん。主婦仲間と息長く保全活動を続けていくつもりだ=佐賀市東与賀町

訪れた。当時の佐賀新聞1面には、『干潟飽かずお眺め 異例のご感想「大変楽しかった」』の見出しが躍った。
 昭和天皇の行幸から3年後の1990年4月、シチメンソウの保護と町おこしを兼ね、育てる会が発足した。ボランティア活動に熱心だった池田ミツ子さんや飯田さんらが発起人となり、群生地付近のゴミ拾いや種の収穫、種まきを開始。大雨や台風が通り過ぎた後は丸太などのほか、プラスチック製品など、家庭ゴミも流れ着くため、沿岸だけでなく、上流の住民の環境意識の向上も求められる。

 

 

 

●●ステージなど手作り●●

 

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有明海の干潟でシチメンソウなどを熱心にご覧になる昭和天皇(右)=1987年5月23日、佐賀市東与賀町

 町内外で広く保全への機運を高めようと、94年から「シチメンソウまつり」も始めた。酒造組合から借用したお酒のケースと鉄板でステージを手作り。大声コンテストや釣り大会などお金をかけず趣向を凝らしたイベントで客を楽しませた。この時売り出した麺とだしにこだわった肉うどんは、今でも休憩所の名物として観光客に親しまれている。
 当時2千人だったまつりの来場者数は今年2万人に上り、シチメンソウの知名度アップに一役買っている。第1回まつりのステージ看板を筆で手書きした、佐賀市東与賀支所総務課の山田昌子さんは「皆さんの『心を込めておもてなししたい』という気持ちが実った」とにぎわいを喜ぶ。
 将来への保存に向け、課題はある。育てる会のメンバーは全員65歳以上。飯田さんを含め80代が4人。世代交代は急務となっている。また、最近問題になってきたのが、シチメンソウ群生地への別の緑色の塩生植物・シオクグの侵食だ。シチメンソウより背が高く、密集している。市環境政策課は有識者や育てる会と協議した結果、本年度中に除去する方針だ。
 21日からは種の収穫が始まった。今年、ラムサール条約に登録された東与賀干潟に現れる海の”紅葉”・シチメンソウ。飯田さんは「子どもたちに美しい自然を受け継いでもらいたい」。今年もまた、気の置けない仲間たちと黒く小さな種をまく季節がやってきた。

●●●●プレイバック●●●●

●●●東与賀海岸 シチメンソウ保護●●●

 

2012年12月25日付掲載.jpg

 2012年12月25日付の紙面では、保護活動として、ボランティア団体「シチメンソウを育てる会」や佐賀市東与賀支所の種取作業、環境整備事業などを掲載した。微妙な生育環境の変化に影響を受けるシチメンソウ。メンバーや職員は、枯れ枝になった数ミリの種粒を手ですき取り、ざるに集めていた。
 防波堤の外側に延びるコンクリート堤防にヤードが設けられ、長さ1・6キロ幅10メートルにわたってシチメンソウが密集する。1999年、阪神大震災を受けた耐震の堤防拡幅工事で、群落を30~40メートル沖合に移設することになり保全が危ぶまれたが、移設先のヤードでも立派に育った。
 干潟の堆積で排水に支障が出て、生育不良が目立った時期には、排水口を新たに通し、勾配をつけるなど行政による環境改善が続いた。夏場などは漂着ゴミが多いため、海岸清掃を重点的に実施している。

 

【MEMO】 休憩所でうどんも

 干潟よか公園西側にある「シチメンソウの里 休憩所」は育てる会の活動拠点であるとともに、名物の「肉うどん」のほか、手作りのおにぎりや地元菓子店のまんじゅう、せんべいなどを購入できる店舗にもなっている。
 5~10月の土日祝日、10~16時に営業。シチメンソウのシーズン時は9時に開店する。台風でプレハブがとばされ、10年程前に建て替わった。シチメンソウまつりでは、「ジュニアガイド」として東与賀小、東与賀中の児童生徒が活躍。観光客だけでなく、子どもたちの憩いの場にもなっている。

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