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現代に生きる葉隠

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   山本常朝    

田代陣基

  

 

山本 常朝(やまもと じょうちょう)
1659 -1719 

 

田代 陣基(たしろ つらもと)
1678 -1748

 

 

元佐賀藩士。葉隠の口述者。藩随一の学者と言われ、1682年、24歳で御書物役、28歳で江戸の書写物奉行、その後京都御用などを命ぜられている。二代藩主光茂が没した42歳のとき、出家剃髪して金立山麓の黒土原の草庵に隠棲した。 

 

葉隠の筆録者。1696年、19歳で三代藩主綱茂の祐筆役(秘書的な文官)となる。四代藩主吉茂にも同役で仕えたが、32歳のとき職を免じられる。山本常朝の草庵を訪ねたのは、この翌年のことだった。7年の歳月を経て、常朝の談話をまとめた『葉隠』を完成させた。 

 

『葉隠』を登る

佐賀新聞社論説委員長 富吉賢太郎

 「古典ははるか高くそびえる山のようだ。だが、登る 登山路 はいくらもある」と言った人がいた。確かにそうである。古典と聞いただけで「難解で手に負えないもの」だと尻込みしてしまう人がいるかもしれないが、古典が人を拒むことはない。
 「武士道というは死ぬことと見付けたり」
 あまりにも有名なこの言葉で知られる『葉隠』もそうである。原文は確かに難解で仰ぎ見る山のように険しく近寄りがたいが、近づいて来る人を拒むことはない。懐深く「どこからでも登っておいで」とやさしく迎えて入れてくれるのだ。
 先の「武士道とは―」があまりにも強烈な印象ゆえ、時にやたら精神を鼓舞することに利用されたり、 死に急ぎの書  だと言われたりすることもあるが、『葉隠』にある「四誓願」を読めば、それが誤解であることが分かろうと言うものだ。
一、武士道においておくれ取り申すまじき事。
一、主君の御用に立つべき事。
一、親に孝行仕るべき事。
一、大慈悲を起こし人の為になるべき事。
 教えは普遍的で、混沌とした現代の生き方をものの見事に導いてくれはしないか。
 『葉隠』には、この世を生き抜く知恵や勇気、慈悲の心も。その修辞の多様さ、巧みさに感服してしまうのだが、佐賀で生まれたこの誇り高い教養古典は格言、箴言(しんげん)、金言の満載で、長い時空を超えて現代にも力強く生きている。
 『葉隠』を説いた山本常朝(1659―1719年)の生誕350年という節目の年に、じっと目を閉じると 葉隠のこころ が、なおいっそうの重きを増すのである。

山本常朝の草庵があった黒土原(現在の弘学館高校南側)の石段を登ると「常朝先生垂訓碑」がある

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