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柿右衛門襲名へ 酒井田浩さんインタビュー

 色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)で、昨年6月に78歳で亡くなった十四代酒井田柿右衛門さん(有田町)の長男酒井田浩さん(45)が、2月4日に十五代酒井田柿右衛門を襲名する。襲名を前に、心境や作陶への思いを聞いた。

■十四代が亡くなられて半年余り。十五代を継ぐことになったが、どんな心境か。

 まだ先が見えず、今もいろいろ考えている。柿右衛門様式に添って昔ながらのものをきちっと作っていく窯物と、自由にする自分の作品とスタンスを分けていきたい。全て自分で決めてやるので責任感がでてきた。工房をきちんと運営する気持ちも高まってきた。

■自分の作品、作風はどんなものになりそう。

 17世紀後半の柿右衛門様式を中心に古陶磁を勉強している。デザインや考え方をできるだけ吸収して、現代の焼き物に反映できればと、試行錯誤している。

■跡継ぎを意識したのは。陶芸以外の道を考えたことは。

 小学生の時から「家を継ぐんだ」と思っていた。別の道を考えたことはない。十四代が「家を継ぐつもりでやれば、結果は後から付いてくる」と言ってくれていたので気負いはなかった。亡くなって、後を継ぐことの重みを少しずつ感じている。

■焼き物とのつながりは。子どものころから学んできたか。

 高校卒業まで家で焼き物を学んだことはなかった。十四代はたまに台所に姿を見せるぐらいで、言葉を交わすことも少なかった。「不思議な家ですね」とよく言われた。仕事のことは東京から帰ってきてから話すようになった。焼き物について十三代から教わった記憶はない。

■焼き物とは離れた世界だったようだが、どんな学生時代だった。

 中学、高校時代は陸上部でハードル走や三段跳びの選手だった。国体にも出場した。美術にはあまり興味はなかった。美大に入ろうと東京の予備校に通い、3浪して多摩美大に入った。

■窯に入るきっかけは。

 大学を中退して東京にいたが、「そろそろ仕事を覚えないと」と思い、26歳の時(1994年)に帰郷した。職人の仕事を覚えるということで、最初は工場に入ってろくろを始めた。その次は絵書座、デザインで勉強した。窯炊きもした。

■十四代はどんなことを伝えようとした。何を学んだ。

 デザインに関わるようになってから十四代から助言を受けるようになった。何回も駄目出しされ、作品を直しては持って行った。「スケッチをしとけ」とよく言われた。スケッチをすることで植物の構造を覚えた。焼き物に描くときは記憶をもとにする。写真や実物を見ながら描くと、焼き物の形と合わなくなってくる。庭にあったホトトギスの花を形にしてどこかで発表したい。

■作品を発表されることが少ないようだが。

 公募展の出品は西部工芸展と日本伝統工芸展で、昨年、日本工芸会正会員になった。十四代は「作家活動をする必要はない」というスタンスで、「公募展に出さなくていい」と言っていた。重圧を感じないように言ってくれていたのかもしれない。

■十五代柿右衛門とともに、重要無形文化財保持団体「柿右衛門製陶技術保存会」の会長としての重責もある。

 柿右衛門窯の技術を継承し、次の世代にきちんと伝えていくことが必要。原材料をきちんと確保して、いつでも手に入る環境にしなくてはならない。例えば、座るのをいすに変えるだけでも姿勢から所作まで全部変わってくる。いろんなことが機械でできるようになっているが、昔ながらのやり方をきちんと残さないといけない。

■十四代は緑青や酸化鉄など天然顔料を扱った。有田・泉山の陶石にも関心が高かった。

 窯に昔から伝わる調合表をオープンにしているが、顔料の配合は最終的には窯主が決める。泉山の石は扱いが難しく、商業ベースにはのらない。染付には合うが、色絵には濁手(にごしで)の方が断然合う。泉山は染付中心に考えている。泉山の石を使うということは、職人の勉強のためというところが大きい。

■7月に東京・日本橋三越で開く作品展が初めての襲名披露展になる。

 個展は初めて。作品づくりはこれから。新しくデザインをおこしていかなければならないので、自分としては楽しみ。

■十五代が生み出す柿右衛門の「赤」は、どんな赤になる。

 焼き上げてみないとどういう色になるか読めない。十四代は歴代の中で一番きれいな赤だった。私は黒線を使うので、十四代みたいな赤ではなく、濁った色になると思う。そこから自分なりに理想の色を追求していく。いろんな赤ができてくると思うので個展で方向性を出していければ。

■現代と昔の作品の違いは。

 江戸時代の作品は自由な筆使いをしている。おおらかな線で、空気感がいい。現代の作品は欠点をなくしたかわりに味がなくなった。

■陶芸を離れての楽しみは。自らの性格をどう分析する。

 おおざっぱな性格。こだわりだすと細かくなるところがある。趣味は特になく、2、3カ月で対象が変わる。父もだったが晩酌はしない。

■2016年は有田焼400年。節目をどう迎えるべきか。

 昔を振り返り、原点を見直す必要がある。有田が発展してきた原動力は、17世紀にヨーロッパに焼き物が行ったところにある。昔のそういう所を回ったり、逆に来てもらうなりして、いろんな国の人と交流するのも必要かなと思う。400年を機会に有田が発展していける企画が動いていければいい。

 酒井田浩(さかいだ・ひろし) 1968年有田町に生まれる。伊万里高卒。多摩美術大絵画学科中退。94年に十四代柿右衛門に師事。2010年に九州産業大美術学科非常勤講師に就任。西部伝統工芸展や日本伝統工芸展などで入選。12年に有田陶芸協会会員になる。13年、重要無形文化財保持団体(柿右衛門製陶技術保存会)会長に就任。日本工芸会正会員になる。2月4日に十五代酒井田柿右衛門を襲名する。

2014年01月31日更新
十五代柿右衛門の襲名を控え、心境を語る酒井田浩さん=西松浦郡有田町の柿右衛門窯

十五代柿右衛門の襲名を控え、心境を語る酒井田浩さん=西松浦郡有田町の柿右衛門窯

十五代柿右衛門を襲名する酒井田浩さん=西松浦郡有田町の柿右衛門窯

十五代柿右衛門を襲名する酒井田浩さん=西松浦郡有田町の柿右衛門窯


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