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「警察官遺体で発見される」
 二十六日午前七時頃、K県警西松原署に勤務する鈴木恵次巡査部長(42)が山中で胸部から血を流して死亡しているのが発見された。現場は県道44号百合名藤川線の中間地点で、道路脇の山林にうつ伏せの形で倒れていた。鈴木巡査部長は前日が非番で一人で川釣りに行くと出かけたきり、夜になっても帰らず、また携帯も繋がらなかったので家族が心配していた。鈴木巡査部長は頸部や胸部に刺し傷があり、百合名署では他殺とみて捜査を始めた。
『毎朝新聞』夕刊より

拝啓――。
 と書き出したものの、この手紙をどこに差し出そうかといまだに決心しかねております。
 本来ならあの警察官殺しの捜査本部が置かれているK県警刑事部捜査一課のしかるべき担当者かマスコミの皆さまが妥当なのでしょうが、ためらわずにはいられません。なぜなら、これから述べようとする内容は、覚束ない意識の産物のような気もして、確たる証拠もなく、見方によっては私の妄想とみなされる懸念もあるからです。今思うと私が見たものは何やら霧の彼方の幻であったような気がしないでもないのです。
 しかし、私は実際、疑問を抱き、推理し、そして行動しました。結果、底知れぬ狂気の世界を垣間見た思いがいたしました。私が見た至芸の極みの能舞台、それはこの世のものとも思われない崇高な美とたとえようもない残虐さをあわせもち、いまだに私の脳裏を駆け巡り、物狂いの世界へといざなうのでございます。
その内容を申し上げるのはかなりの勇気を必要とします。いや、ひょっとして、告白すると、人知れず私がこの世から抹殺されてしまう可能性すら秘めております。
 自分の命を賭してまでこの秘密を表沙汰にする勇気が自分にあるのかないのか、千々に心が乱れるばかりで、深い闇に覆われた迷妄の世界を歩きつづけております。その最終判断はさておき、あの一連の事件を推理し、たどり着いた結論とその後の顛末を書きとどめたい衝動に抗しきれない自分がおりますのも確かでございます。

 申し遅れましたが、私の名は野沢誠一といい、能楽師五神(ごのかみ)龍之進が演じる舞台で後見(こうけん)を務めさせて頂いています。後見とは黒の紋付に身を固め、舞台後方の鏡板と呼ばれる所に座している者です。役割は主に能楽師のサポートで演者の装束の乱れを直したり、舞台道具の出し入れですが、歌舞伎における黒衣(くろご)と決定的に異なる点は後見人自身が演者でもあり、シテやワキに事故が起こったときに、その代役を務める重要な役目を担っています。 私が五神の主催する一座に参入した動機をつまびらかに述べたところであまり意味はありません。ただ一言申し添えたいのは日本の伝統演劇の世界では門地家柄から外れた者は本人の才能努力に関わらず忸怩たる思いを背負わなければならぬ構図が出来上がっている現実です。これを唯々諾々と受け入れるか否かは人それぞれでしょうが、私の場合、取り巻く現実は不条理そのものに見え、屈辱と焦燥で身をじりじり焼かれる思いで日を継いでおりました。その頃、五神が颯爽と登場してきたのです。彼の存在は私の人生を根本から覆す予兆を孕んでおりました。
 五神一座が口コミやインターネットを通じて人の口の端に上るようになったのはほんの数年前でした。やがて話題をかぎまわっているマスコミが目ざとく五神の革新的な能舞台をとりあげ、五神の美貌が一般に流布されるにおよんで、女性客が一座に殺到し、話題が話題を呼び、五神の名は日々大きくなっていきました。
 実際、私が初めて五神の舞台を見たときは、九割方は女性客であり、場内は異様な興奮に包まれておりました。普段は若者向けのコンサートなどが催される会場ですが、わざわざ能楽堂が設えられて厳粛なムードを漂わせておりました。しかし、観客たちの熱気は収まるどころか、燃え盛る内部の炎を懸命に鎮めているようでした。
 どこからともなく流れてくる能管(笛)の調べを合図に、橋掛(はしが)かりと呼ばれる本舞台に通じる廊下を渡って囃子方が遠慮深げに静々と舞台に登場します。同時に地謡(じうたい)も舞台上手の切り戸と呼ばれる所から入場します。それぞれが所定の位置に正座し、囃子方の奏でる笛の音、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)の響き、鼓方の気合のこもった裂声が場内を走りますと、そこはもはや現実とは遊離した別世界が広がる思いです。
 演目は『井筒(いづつ)』でした。在原業平(ありわらのなりひら)の妻であった紀有常(きのありつね)の娘が亡霊となって旅の僧の前に現われ、過去を偲んで序の舞を舞う夢幻能です。
 黒い衣装のワキが登場し、廃墟と化した在原寺で業平と有常の娘夫婦を弔っていると里女が現われ、問われるままに二人の恋物語を語るというのが導入部なのですが、驚いたのはその里女、つまり前シテの五神は能面をつけずに現われました。どの流派でも小面(こおもて)や孫次郎といった面を着用するのですが、五神は直面(ひためん)といわれる素顔を曝しての登場でした。女性と見まがうばかりの美しい面立ちで、凄絶とも妖艶ともつかぬオーラが立ち上っていました。
 能というと一切の感情を排したような小面の面を被った能楽師が、壮麗な衣装を身にまとい、影向(ようごう)の松を背にして眠りを誘うような謡いの中、緩慢な動きに終始する様をイメージするかと思います。しかし、これは一つの型にすぎず、中には、面をつけずに演じる場合もあります。しかしこれは、たとえば『安宅(あたか)』における弁慶とか、ワキの僧侶とか特定の役柄に限られ、『井筒』のシテを直面で演じるのは他の流派では絶対ありえないものでした。
 能は能面に始まるといわれています。面は能の象徴ともいうべきもので、感情の綾や心の陰影を引き出し、あたかもそれが能楽師の身体の一部でもあるような錯覚すら抱かせるのです。また、能とは神を視覚化させる儀式ともいわれています。大袈裟な言い方をすれば、観客は能面というフィルターを通して能楽師に神を見ているのです。五神は素顔を曝して自分は神の化身であると無言で宣言しているかのような印象すら与えました。
 面や華やかな衣装を身につけようがつけまいが、演者の目的とするのは現実的な美ではなく、観る者の心に架空の美を構築させることです。つまり心の源に漣(さざなみ)を立て、幻想を抱かせるのです。ですから『井筒』のシテを直面で演じても理には適ってはいますが、よほど自信がなければやれるものではありません。傲岸不遜とも思われるこの演出は、既成の流派に対する挑戦状のようなものでした。
 舞台には井戸が用意されています。井戸といっても布テープが巻かれた竹と木からなる簡素な直方体の骨組みです。
 能舞台では他の舞台芸術と異なり作り物(舞台装置)は写実性を排するのが約束事になっています。なぜなら、あまりにもリアルなものを導入しますと、能独特の清らかな世界が乱れるからです。たとえば落語の蕎麦をすする場面で本物のどんぶりと箸を用意したのでは、いくら上手に演じたところで誰も拍手はしないと思います。同様に能舞台では実物は用意しません。
 井戸をイメージする作り物の一隅には月見の宴のように一束のススキが立っています。いうまでもなく、ススキは季節を表します。秋の寂寥感を湛えた舞台は粛々と進みました。
 里女が語る幼い男女の微笑(ほほえ)ましいエピソード、井戸のほとりで井桁に背比べをした日々、やがて男は成人し女を歌に詠む。
 『筒井筒(つつゐづつ)井筒(ゐづつ)にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざる間に』
 その返歌
 『くらべこし振り分け髪も肩すぎぬ君ならずして誰(たれ)かあぐべき』
 里女は自分が有常の娘だとほのめかし井筒の陰に姿を消してしまいます。
 この前半部だけでも五神の力量はかなりなものでした。面と化したその容貌はまったく表情を排しているのに心の内の喜び悲しみを余すところなく伝えるのです。
 が、五神の凄みを増すのは後半部分でした。
 突然、場内の照明が全て消え、墨に塗りこめられたような闇が舞い降りてきました。そして間をおかずして業平の形見の初冠(ういかんむり)と直衣(のうし)を身につけた紀有常の娘の霊が空中に浮かびあがりました。ここでも五神は直面でした。僧侶の夢の中を表現しているつもりなのでしょうが、能の伝統からすれば、これは型破りを通り越し噴飯ものの演出なのです。
 能とは長い年月をかけて様式化された美の結晶なのです。腰を沈めた独特のすり足、運びの歩幅、速さ、重さなどの変化、緩やかな舞、それから派生するさまざまな所作、そして衣装の色から簡略化された舞台装置にいたるまですべてが能という荘厳な美を構築するための不可欠な要素であり、変更も省略も許されるものではありません。首元に見える襦袢の色さえ役柄の位で定められているほどなのです。もちろん、各派により細部は微妙に異なりますが、このような奇術まがいの演出は言語道断といわねばなりません。もはや、能にして能にあらず、えせ能にすぎない、大方の評論家は後に五神の舞台にそのような評価を与えましたが、当然すぎるほど当然なのです。
 私も鬼面人を驚かす後シテの登場にはまったく興ざめし、後半以降を観る気持さえ喪失しました。五神は能の本質を根本から履き違えているというのが正直な感想でした。
 能は象徴芸術ともいわれ、動きを切りつめた最小限の演技の中に豊饒な情感を滲ませています。侘びさびにも通じる世界観であり、奇を衒った大袈裟な演出などは能の世界から大きく逸脱した行為なのです。
 そもそも、能ほど観客に多くのものを求めるものはありません。なぜなら観客は演者の暗示的な動きから触発されたイメージを自分の中で拡大させる努力を必要とするからです。べつの言い方をするなら能は玄人の観客のために上演されていると言っても過言ではなく、シテの発するオーラに観客がどう呼応するかが能舞台の本質なのです。
 たとえば、袴能といい、面も装束もつけず、紋服に袴だけで舞う場合があります。すぐれた老能楽師が袴能で『松風』を舞うとします。舞の世界に引きこまれた能の見巧者の心には老人の姿は消え、恋する乙女が去った男を懐かしんで泣いている様が幻視となって浮かんでくるほどです。能楽師の技量もさることながら、観る側の高いレベルが深い鑑賞を呼び起こした結果です。能楽師のほうでも意図するイメージを客に喚起させるため、さらなる高みをめざして日々精進するわけです。
 ところが五神は闇の中に浮かびあがった亡霊を演出効果で見せているのです。イメージではなく視覚的に見せているわけですから、能楽師として怠慢のそしりは免れないでしょう。このような素人受けする演出など論外といわねばなりません。しかも、つづいて奇怪きわまりない演出が繰り出されました。
 五神が上からゆっくり舞台に向かって降りてくるにしたがい、その背後でまばゆいばかりの光が激しく点滅しはじめました。直衣姿の紀有常の娘の亡霊は瞬間闇に消え、また瞬間闇から浮かびあがります。実体があるような、ないようなそこはかとない存在が舞台に降り立つまで観客は声もなく見守りつづけています。
 観客から見えるのは五神と井戸とススキだけでした。舞台にどのような照明装置がついているのか、五神だけがレンブラントの絵にも似て、暗部を背景に彼の存在を浮き立たせていました。他の囃子方や地謡方は闇のカーテンに仕切られたかのように姿はまったく見えませんでした。しかし、鼓や笛の音は間断なく流れてきます。この演出も掟破りであるのは言うまでもありません。能楽堂の美しさも舞台への入退場の役を背負った橋掛かりの意味合いもすべて拒絶し闇の中に亡霊が輪郭も鮮やかに立っていました。
 序の舞が始まりました。
 ひたすら業平を思い、待ちつづけた日々。やがて結ばれ、二人で過ごした楽しい日々。緩慢な動きの中に万感の思いが宿ります。ふと気がつけば自分はすでに老いさらばえている。夫はすでにいない。有常の娘は見えない力に導かれるように井戸に近づきます。今は朽ち果てた井戸のススキを掻きわけ中を覗きます。

 一瞬の空白――。 
 井戸の中に業平の姿が映しだされます。

 ――見れば なつかしや
   われながら なつかしや
   亡夫(ばうふ)魄霊(はくれい)の姿は――

 驚いたことに私の隣の席の若い女性が顔を覆って泣いているではありませんか。いや、隣だけではなく、会場のあちこちでは女性たちのすすり泣く声が聞こえ、やがてその声は伝播し大きなうねりとなって会場を包みました。一種異様な雰囲気に私は狼狽しました。
 会場に入った時の印象ですが、観客は能に精通しているとはとても思われない若い女性が圧倒的に多く、違和感を覚えました。しかし今、彼女たちは感涙にむせんでいるのです。私は愕然とする思いでした。知識や培った鑑賞眼がなければ能を堪能できないと当然のように思っていたのですが、固定観念が根本から崩れたのです。
 たしかに五神の力量は玄人の鑑賞眼で見ても卓越したものがあります。しかしあざとい演出が鼻にかかり、釈然としないものが残ったのも事実です。私の戸惑いなどお構いなしに客は素直に反応し、感動しているのが不思議でなりませんでした。
 能の世界では、段階を超越し、言語では説明できない無上の芸を妙花の風と申します。もしかしたら、五神はこの域に達した天才なのだろうかとも思いました。五神の演技の中に私には見えない何かがあるのでは。それが、彼女たちの琴線に触れ、涙を流すほどの感動をもたらしたのだろうか。素人女性に感知できて私にはできないものは何か、この疑問が五神との関わりを深めていく最初の要因でした。
 舞台は圧倒的な賞賛の嵐の中で幕を閉じました。幕といっても実際は舞台が少しずつ明るくなるにつれて、再び五神が舞台から空中に浮き、やがて能楽堂の屋根の中に消えていくのです。夜明けとともに僧の夢が消えるのを最後まで型破りの演出で見せていました。 女性たちは立ち上がり、涙を流しながら割れんばかりの拍手を送りつづけています。万雷の拍手が会場をつつみ、耳を聾しました。
 突如、場内にまっ黒な闇が襲い、再び明るくなると、舞台には五神が立っていました。興奮は最高潮に達し、一段とボリュームアップした拍手の嵐が湧き起こりました。
 何かが違うと思ったのは私だけでしょうか。これは能による感動ではなく、宗教的陶酔感に近いものではないか、もしくは集団ヒステリーなのか、いずれにせよ五神は只者ではなく、得体の知れない魔性を秘めているのを実感しました。型破りの舞台にもかかわらず、私は五神の存在感に知らず知らずのうちに魅了されていました。
 名門の枝から外れ、シテどころかワキの役さえなく、その他に甘んぜざるをえない境遇からの脱出が私の宿願でした。自分の所属している流派から離れるのに何のためらいもありませんでした。その日のうちに私は五神に面会を申しこみました。自分の境遇をつつみ隠さず述べ、できうるなら入門させてもらえないかと願い出る決意を固めていたのです。

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