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ライブハウス「CLUB Que」店長 二位德裕さん (14年5月4日掲載)
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「好きなことが大事なものに」
 ロックの道 歩み続け


 佐賀新聞社が8月の創刊130周年に向けて展開中の「さがの未来(あした)へ夢コラボ」。夢を追い続けてきたフロントランナーへのインタビューは今回、佐賀市出身の二位德裕さん(47)。ギタリストを夢見て上京、現在は下北沢の老舗ライブハウス「CLUB Que」店長として、若手ミュージシャンの発掘・育成に取り組んでいます。次世代に託す熱い思いとはー。


 ■ギタリストを夢見て上京してから30年近く。音楽業界で確かな居場所を見つけましたね。
 
高校時代は佐賀市内のライブハウスが居場所で、授業が終わると直行してました。学校では掃除なんかやりたくないのに、ライブハウスだと喜々としてやってしまう。
 卒業していったんは博多の家具屋さんに就職したんですが、やっぱり違うな、と。3カ月で辞めて上京しました。下北沢の駅を降りたら、憧れのギタリスト鮎川誠さん(シーナ&ロケッツ)とすれ違って。今、うちのライブハウスでも演奏してもらえて、本当に感激です。

 

 誰かのせいにしがち

■ライブハウスの仕事は、バンドの成長に寄り添えるのがやりがいでしょうね。
 どれだけお客さんを集められるかは、まずはバンドの力。それからライブハウスの力が上乗せされます。本気で自分たちの音楽を聴いてもらいたいんだな、と伝わってくるとこちらも力が入る。
 ただ、最近は何かうまくいかないと、誰かや何かのせいにしがちな気がしますね。お客さんが集まらないのも、演奏がうまくいかないのも。
 それは突き詰めると教育なのかな、と。僕らのときは学校にしても厳しいルールがあって、それをいかにすりぬけようかと工夫し、色んなことを身につけていましたから。
 最近は他のバンドのライブをあまり見に来ることもない。普段から出入りしていると、会場になじんできて、演奏や盛り上げ方も参考になるし、何よりも自分がステージに立ったときに緊張せず、持っている力を十分に出し切れるようになる。そういうことは誰かに教えてもらうんじゃなくて、自然に身につけることだったんですけど。

 

 元気ある人が伸びる

■2003年公開の映画「COLORS OF LIFE」で監督・脚本を務めたのをはじめ、CDのプロデュースや映像監督も数多く手掛けています。オーディションでは何を見ていますか。
 そのバンドの音楽を聴いてみて好きじゃなかったとしても、エネルギッシュで面白い人かどうかを見ます。強引にぐいぐい引っ張るようなタイプがいいですね。人を引きつけ、元気のある人が結局は伸びていく。


■ご自身はギタリストとしての夢は断念したわけですが、自分の気持ちにどう折り合いを付けたんですか。
 24歳のとき、佐賀出身者で作っていたバンドに所属していました。その日は大切なライブがあったんですが、オートバイで事故を起こしてしまった。結局、ライブは中止になり、次第にバンドのメンバーもバラバラになっていきました。
 でも、お世話になっていたライブハウスに恩義を感じていたので、運営側にかかわるようになっていったんです。自分ではロックという一本の道を歩んできたつもりです。


■卒業ライブを開いた「たんこぶちん」をはじめ、佐賀にも音楽を志す若者たちは多いと思います。夢をかなえるためには、何が必要だと思いますか。
 バンドに限らず、何であれ、自分の好きなものを見つけること。誰よりも好きになって、色んなことを知っていくうちに、それが大事なものに変わっていくんだと思いますね。

 

=略歴=
 にい・なるひろ 1966年生まれ、佐賀市出身。佐賀北高卒。家具店勤務を経て、1985年に上京。バンド活動を経て、ライブハウス「下北沢屋根裏」、「CLUB Que」店長。映画「COLORS OF LIFE」監督・脚本。今秋にはプロデュースCD「THE PRIVATES TRIBUTE」リリース予定。川崎市在住。